西洋甲冑師・三浦權利さん訪問リポート
その1・気さくなマイスターでした
甲冑を描くのは好きなのだけれど、でも実際作る側となるとどんな姿勢で取り組んでいるのだろう‥‥。気になるあまり、「日本でただ一人」といわれる西洋甲冑師・三浦權利(みうらしげとし)さんの工房にお邪魔しました。(2003年6月28日・長崎祐子)
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「この一帯は小さな工場が多い所でね、鎧に必要な材料もここで大体手に入りますよ」と愛着を込めて地元を語る三浦さんの長年の住まいは江東区亀戸4丁目の裏通り。昔ながらという雰囲気を残す界隈にとけ込んでひっそりと佇んでいました。控えめに「三浦」と二文字貼り付けたガラス戸をくぐるともうそこはもう鎧と道具に埋め尽くされた作業場。昨年、全国紙でカラー面まるまる使って紹介されていた作業部屋内の写真は、画面手前に鎧を配置してものものしい雰囲気を演出していたものでしたが、実際お邪魔してみたら丁度、服の仕立屋さんのような、気さくさの漂うこぢんまりとした内部でした。ミシンの代わりにカナトコが、マネキンの代わりに鎧が置いてあるような気取りの無い工房で、いわゆる芸術肌の「アトリエ」とかと呼んではむしろ失敬な、下手な気取りのない「職人の作業場」という感じでしょうか。八
畳ほどの決して広くはない工房には自作の鎧と材料の鉄板、そして工具類等必要な物で埋められていて、天井からは裸電球と白熱灯が一つずつ。家の造りや、黒電話はじめ年季の入った家具類などを見ていると、見栄を張らない、物持ちの良い方なのだろうと想像できました。
工房に入るや展示された甲冑に釘付けになっている私に、「沖縄から来たのはあなたが初めてですね」と奥から出て来て迎えてくださったのは、どちらかといえば学者肌の細身のおじさん。トンカチを握る西洋甲冑の職人さんなのだからと、ごつごつした容貌を想像していたのでちょっと意外に思えました。おまけに、甲冑職人さん(しかも西洋の)なんだからいわゆる『偏屈』な人かという気構えもありましたが、話してみると穏和な中に深い知性と旺盛な好奇心を漂わせつつも、歯切れのいい話しぶりであらゆる質問に的確に応えてくださる方でした。
そんな人柄に惹かれてやってくる著名人も多いらしく、「最近はファンタジックな絵を描かれるイラストレーターさんなんかも来ては喋り込んでいきますよ」‥と名を挙げたのは末弥純さん、丹野忍さん、開田裕治さんなど。中世やファンタジー物のマンガやゲームの流行で、若い人もよくこの工房に訪れるようになったとか。
もともとものづくりと西洋史に興味があった三浦さんは、この世で一番難しい物を作ってみようという気になって西洋甲冑職人の道を進むことに。以来30年以上、その間あらゆる時代様式の鎧を(全身鎧なら)30体以上作り続けてきたそう。
もちろん製法は綿密な考証に基づきながらも独学で培ってきたもので、オークションで競り落とした鎧を解体してその構造を調べることから始まった。以来試行錯誤を重ねながらの道のりで、時には製法不明の鎧の依頼なども引き受けてしまう時もあったそう。「作り方も分からないのに引き受けて、前金貰って、食って飲んで使っちゃうわけですよ。それで作れなかったら詐欺行為で捕まっちゃうでしょう(笑)。だから頑張って期限までに考えて作るわけですよ。そうそう、この紺地の鎧を作るときなんか、青の出し方分からないのに引き受けちゃって‥‥」と、群青色に染め上げられた鉄肌の見事な、自作のルネッサンス式半甲冑に懐かしそうな目をやる。思わず口から出た「作れなかったらどうするんですか」という私の問いには、「昔の人に出来て、現物が残されているのだから、今の人に出来ないわけが無いのですよ。たとえ得体の知れない壁にぶちあたっても根気よく向き合えば必ず出来る」ときっぱり。
注文を反古にした経歴が無いのは優れた仕事人の証であると同時に、調べて分からなかったもの、挑んで作れなかったものは無かったという、優れた見識を持つ研究者としての姿が伺えます。「‥‥本当は、引き受けた時は出来るかどうか全く保証も自信もないけど、でも何とかなるだろという気になるんだわ」。堅実さとは裏腹な一面も見え隠れする、魅力的な気質の持ち主でした。
ちなみに弟さんは日本甲冑の職人さん。外見も中身も非常に似た兄弟らしく「二人で世界を征服してやろうじゃないか(笑)。俺は西洋の、お前は日本のを作ろうって言い合ってね。二人で別々の土地の甲冑を作ることにした」‥‥‥。三浦さんの口の端の油がいい具合に滑り出した頃合い、作業場に入ってきた奥さんがよく冷えた麦茶を出して下さいました。
写真上・西洋甲冑作りの腕前は当代随一の三浦權利さん。きさくな方でした。
写真中・大通りから少し入った中にある三浦さんのお店。中は鎧と工具がぎっしり。時折、会釈するご近所さんと物珍しそうに工房の中を覗く人が横切る。
写真下・工房の中。必要な道具と使い込まれた調度品類。写真右上にはPTAの役員任命状と犯人を捕まえたという感謝状が並ぶ。ボンボン時計の左には鉄の馬面。ちょっと見えづらいけど左の青いミニチュア甲冑の入ったガラスケースの上には十字軍時代のバケツの様な形の兜。その手前にはミニチュア版の鎧。右側のテーブルの上には著書「西洋武器甲冑事典」、100円ライターと青ピース、あと、トラノオが一鉢。
その2・独創的に伝統技術を再現する学者さんでした
三浦さんは、ゴシック式の籠手(こて)に施された縁飾りのトランプ模様を指さし「例えば、これは一見ただのトランプ模様ですが、スペードは権力者、ダイヤは商人、クラブは農民、ハートは僧侶をそれぞれ表現しています。ちょっとした細工の一つ一つでも意味を持っていて、それを理解していかないと‥‥」と、甲冑作りには綿密な時代考証の重要性を説き出しました。
三浦さんの甲冑作りは基本的に独学で、独自に試行錯誤を重ねた上での製法でなりたっています。当世の甲冑職人は文盲が多かったという点に加えて、甲冑の製法は門外不出でした。よって作業工程を明文化したマニュアルが存在せず、残された文献と史実を頼りに作り続けるしかなかったそうです。「伝統的な技法があったかもしれないけど、今じゃ分からないからね。色々調べながら作っていくしかないんですよ。もちろん私の作り方が当たっているかどうかも分かりませんが、こうやって、既存の物と寸分違わない物が出来たら良しとしています」。古式に拘らず伝統技術を再現していく姿勢に、職人気質とはどこか矛盾したおおらかな柔軟さが伺えます。
甲冑の主な材料は近場の金物屋さんから仕入れたという鉄板。必要なものは部屋の隅に重ねられた1平方メートルも無い大きさの、赤く錆の浮いた鉄板に、カナトコと近隣で買いそろえた金槌類のみ。道具は
様々な形のカナヅチ、ヤスリ、ペンチ‥‥中には用途に応じて自分で作ったものもあり、鉄アレイを両断して作った物は丸みのある面を作る時に重宝しているそうです。これが壮麗な甲冑の材料なのかと思うほどに、驚くほどシンプルな揃えでした。
鉄板はパーツに合わせて裁断された後、金槌で丁寧に叩き込んで形を作っていきます。変化のある面に応じた厚さを出すには熟練の技と素材に対する細かな配慮を要し、全身甲冑なら完成まで1年以上はかかるという気の遠くなる作業を黙々と一人でこなしていきます。作業は大変かという質問には「仕事だからね。でも、手作業でこうやって作っていくと、今の人はもっと昔の技術を見直さなくてはならないと思いますよ。便利さに頼らず、ものを1から丁寧に作っていく精神も」。仕上げに何種類もの肌理(きめ)のサンドペーパーを使って磨き上げ、カーワックスをかけると、いわく「写真家泣かせで画家泣かせ」の鏡面のような美しい鉄肌が浮き上がる。出来た各部分を組み立てると、実戦向きでありながら、壮麗な造形美を備えた甲冑が出来上がります。
鉄製の甲冑はもちろん錆びるため、入梅時などは丹念な手入れが欠かせない。「でもね、本当は錆びるという性質がいいんですよ。腐食して地球に還元されるでしょう。へたに丈夫な、煮ても焼いても食えないような合金なんか、環境に悪いだけですよ」。何十年も向き合って来た鉄という素材に対する思い入れも深い。
綿密な考証と試行錯
誤の精華とも言うべき三浦さんの甲冑は現物で見ると息を飲むほどに美しい。「レプリカ」ではなくて時代が時代なら実戦で使える「本物の甲冑」。パーツごとの板金の厚さは、実戦向きに調節されてあり、板金の縁どりの細かな処理、エッチング加工や縦溝加工の一つ一つがどこまでも均一で丁寧。「雑な作りの鎧はこういう細かな部分の気配りが足りない」と、わずかな隙もない作り込みに徹する。普段は見えない内部の仕立てもきちんと作り上げてあり、板金の加工だけではなく、兜の内部に貼り付けたキルティング加工の裏地、革ブーツやベルトのバックルなど、全てが三浦さんの手製による。見えない部分にまで行き渡るこだわりに、あくまでも本物の鎧を作るのだという気概を感じます。
1年以上かけて完成した甲冑は高級外車が一台買える程の値段だそうです。もちろん経済的に十分ゆとりのある顧客が多いのですが、中には一領まるごと買えるほどゆとりが無いかわりに、貯金してパーツごとに発注し続ける人もいるそう。専ら観賞用ですが、「鎧は身につけるもの」という前提で作る三浦さんは、発注者の体型に合わせて作る配慮も忘れない。
現在世界で西洋甲冑を作る職人はわずかながら存在するが、クオリティの高さにおいては三浦さんの右に出る者はいないと言われています。「‥‥実は、他の職人の鎧はね、あまり上手くないんですよ」と弟子入りをしなかった本音の一端をポロリとこぼす。
三浦さん自身に弟子入りを志願してくる若者も少なくないそうですが、もともと師を乞うことなく独学から始めた身上から弟子を取る気は毛頭ないとか。「習ってどうにかなると思うんじゃなくて、ものづくりには自分自身の知恵と工夫が一番必要。まずは自分で考えて作ってみようという気持ち。弟子入りする意志があるのなら、鎧の一つでも自分で頭ひねって作るくらいの意気込みがないとね」そう諭して帰すそうです。
写真上・愛用の工具類。カナヅチ、ヤスリ、ペンチ‥近所の金物屋さんにで売っている物で占める。カーブの利いた鉄面作りに用いる、鉄アレイを両断した手作りの工具なども。
写真中・普段なかなかお目にかかれない兜の内部。綿を含みキルティング加工された布地がクッションの役目を果たす。兜そのものは、上げたバイザー(ひさし)を固定させる引っかけ棒など、命を預ける道具だけにあらゆる点おいて実用的に利に適った作りでした。
写真下・三浦さんの手による全身甲冑。近くで見ると目がくらむほどの美しさ。右は縦に入った筋模様が美しいマクシミリアン式。総重量はおよそ20キロ。重さの負担を肩と腰に分散させるように、ウエストが絞られている。左はゴシック式(未完)。革ベルトの留め具一つにまでこだわった作品は間近に見ると圧倒的な存在感。板金の脇から見える、直径1センチ足らずの輪を無数と編んでこしらえた鎖帷子(くさりかたびら)も、もちろん手製。
その3・古人の心意気を粋に伝える甲冑職人でした
西洋甲冑、とひとことで言っても、無数の鉄の輪を編んで作る鎖帷子(くさりかたびら)から鉄板を叩いて作る板金鎧
まで、時代の流れに従って形状と製法を変化させてきました。また、作られた国柄によってもデザインが異なってきます。全ての様式の甲冑制作に挑み、完成させてきた三浦さんは「どれもそれぞれの良さがあって、みんな好きですよ」と等しく愛着の目を向ける。どの様式も必ず難問に直面し、何度も考証を繰り返して作り上げるからこそ持てる思い入れなのでしょう。
甲冑に込められた追求された機能美、無駄を省いた形状、そしてそれを開発し作り上げてきた職人魂、着用し、命を預けてきた騎士の精神――。「西洋史が好き」「カッコイイ物が好き」「ものづくりが好き」という気持ちから歩み始めた三浦さんの甲冑職人の道は、その時代ごとの技術と感性の精髄である甲冑をより忠実に作る事の積み重ねだったようです。展示物としての外観の美しさ、実戦にも耐える機能性をふまえた仕立てに加えて「できれば時代性まで忠実に再現したい。現代人が作ったという感じではなくて、当時の人が作ったような雰囲気を出したいのです」とこだわりはどこまでも深い。
しかしその言葉には、決して甲冑作りに自らのオリジナリティーの部分を介入させないという一線を引いた姿勢も見受けられます。「自分ならではのイメージや、思い浮かんだデザインを甲冑作りに反映することはありますか」という質問には「全くありません。芸術家でしたらそういう気持ちは起こるだろうけど、私は職人ですからね」と即答。その代わり「依頼主が独自にデザインした甲冑を注文してきたら、どんなものでも作りますよ」とも付け加えました。そして念を押すように「私は、職人ですからね」。
ただし創意の利いたオリジナル甲冑の依頼でも、甲冑職人という立場から「実際使える理に適った形状でなくてはいけない」という姿勢で作ることは曲げないそうです。とりわけ機能性に対しての目は厳しく、さる人気漫画に登場する兜の製作を依頼された時、理屈に合わない所があり、かといって、今更デザインを変えさせるわけにもいかず、そのデザインを尊重して実際に着用できるよう苦心したことがあったとか。(「たしか
、ベルセルク、とか言ってね‥」と猛禽類の頭部を模した兜を黒板に描いて説明する三浦さん)。立場上、鎧を描いた絵などを見ていても、関節部の曲がり具合などについ目がいってしまうそうです。「まぁ、創意を凝らすのは必要だけど、描く以上もうちょっと基本も勉強して欲しい。甲冑は一見華やかだけど、無理や無駄を一切省いた完成された形状であることも頭に入れておいて欲しい」と根っからの甲冑好きは語る。
また、「他人に出来る様なものは作ってはいけない。他人の作品と比較されたら、商品としての相場が下がっちゃいますからね」と商売上の都合も強調していましたが、その言葉の裏には自分だけにしか出来ない物を作りたいという三浦さん自身の強いオリジナリティーが感じられました。
近頃は通常の甲冑製作
に加え、オーダーメイドで、籠手(こて)の製法を活用したライダー用グラブを製作・販売中。古式にのっとった威風を漂わせる外観ながらも、現代人の感覚にフィットさせた人気の商品で、しなやかに手に馴染む付け心地と、簡単に手入れできるよう配慮された点が魅力の一品です。長年培った技術を活かして、古人の心意気を現代に伝えています。
三浦さんの今後の課題は武器類の考証と製作だそうです。工房内の一領の全身甲冑が携えていたレプリカの剣を指さし、「ドイツ本国の法規制のおかげで、刀剣類は持ち帰れないのですよ。だから武器に関する考証がはかどらなくって」と渋い顔をしながらも、「本来甲冑職人と武器職人は、扱う材料が鉄と鋼とで違う様に、全く別の職種のようなものでした。しかし武器と防具はいたちごっこのように足並み揃えて開発されてきたものだから、両面から考察していかないとね。両方から考証してみてどんな新しい発見があるのか楽しみです」と飽くなき好奇心で目を更に輝かせていました。
日本人ながらに唯一無二の腕前と評される西洋甲冑師・三浦權利さん。西洋史をつぶさに読み解きながらただの鉄板を輝く造型に作り変える知識と技術。匠の技を見せてくれる68歳現役の活躍はまだまだ続きそうです。
写真上・エッチング加工が施されたルネッサンス式半甲冑と三浦さん。工房内に展示されてある甲冑は、三浦さんの体格に合わせて作ってあるそうです。作業するときはエプロン姿。甲冑の方はひざ上の柔らかい革製のロングブーツ着用。この鎧の特徴は銃器の使用に対抗すべく弾道を弾き逸らす「鎬(しのぎ)」と呼ばれる出っ張り部分のある胴部。このルネッサンス式の半甲冑は一番発注の多い人気の様式だそうです。
写真中・「こんなもの作ってみました」と言って、三浦さんが出してきたのは「Riders Gauntlet(ライダース・ゴーントリット)」。展示用ではなく、実用目的のライダー用グラブです。本革のグラブに板金を貼り付けた仕立てですが、滑らかな手の動きにも耐える重厚なフィット感。完全オーダーメイド製なのでバリエーションは自由。値段は一対で40万円から。クールの極みの様な作りは好きな人にはたまらない。写真は15世紀のゴシック式。
写真・2000年に出された著書「西洋武器甲冑事典」(柏書房・¥4800)。甲冑職人という立場から西洋史を追いつつ鎧の歴史をひもとく名著。ヨーロッパ圏数カ国の語源と図解が豊富で、西洋の甲冑と武器に興味を持たれた方は必携の一冊。
語注と補足
(加筆中)
■全国紙で紹介‥産経新聞2002年5月14日掲載。
■エッチング加工‥金属の表面に防食剤を塗り、その上から文字や模様を鋭い針などで彫りつけて金属面を露出させた後、硝酸を注いでその部分を腐食させて作ったもの。「実戦で使える甲冑」を目指す三浦さんは腐食させて薄くなった分も計算して板金の厚さを調節して作っているそうです。
■紺地の甲冑‥鉄の表面をバーナーであぶって色を出しているそうです。全体の色が均等に乗るように、厚みの違うパーツに合わせた火の温度調節など、細かな試行錯誤の積み重ねが必要だったとか。
■全身甲冑と半甲冑‥兜、胴鎧、籠手、足鎧を1セットにしたものを全身甲冑、そのなかから足鎧を省いた様式を半甲冑と分けて称しています。全身甲冑なら1年前後、半甲冑なら半年以上の製作期間を要するそうです。
<余談・雑感あれこれ>
■「その3」の一番上の写真、この全身を撮ったものでしたが現像の失敗で全部台無し。かろうじて使えたこの写真も下半分が変色して使えず、渋々切りました。く、悔しい〜!!!→下半分真っ赤でしたが、可能な限り修正してみました。さすがに色自体の修正は難しかったので、モノクロでアップしました。甲冑の下半身、分かります?
■ライダーズ・ゴーントリット‥‥文句無しに格好良かったデス。試着してみて鼻血が出そうになりました。し、しかし、格好良すぎて着用する人を選びそうだな〜。個人的にはアメプロに出てきそうな厳ついアングロサクソン系にはめて欲しいです。一体どんな風体の方が買われているのかな〜。うわ〜気になる(笑)。
■甲冑の試着はできませんでした。手の絵に×のマークの書かれた付箋が貼られてありましたので、さすがに無理にお願いは出来ませんでした。
■→おまけ画像。三浦さんの展示会記念のテレカ。
<おわりに>
1時間のはずが2時間以上も居座ってしまってすみませんでした。。話してみて、不躾な印象ではありますが、「非常に頭の質の良い人」だという印象を受けました。西洋史への造詣の深さもさることながら、知性そのもの自体に対する見方のスケールに驚かされました。
もちろん他の人の鎧に関する作品に対する目は厳しかったのも確か。私も今後も勉強して職人の目にも耐えるような鎧考えていかなきゃと肝に銘じたくなりました。「絵描きです」と名乗ってしまった以上腹をくくって自分の描いた鎧の絵を見てもらいました。
<さらに>
2003年11月、2度目にお会いした時にはこの記事を読んで下さってました。1カ所訂正をいただきました。三浦さん本人から「なかなか良く書けている」、奥様からは「女性らしい視点で書かれていますね」との評をいただきました。嬉しはずかし。
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